数日後――。
工房に通いつめては生地や装飾をあれこれ選び――ようやく図面が形になってきた。
「これで大枠は決まりですね。あとは細部を詰めれば仕立てに入れます」
カミラの言葉に頷きながら、私は満足げに工房を後にした。
打ち合わせを終えた足で、そのままティオ様の別邸へ向かうことに。
(……この間『いつでも別邸に来てもいいよ』って予備の鍵をもらったし、今日は早めに行ってびっくりさせちゃおう)
あの時は胸が高鳴った。だって、まるで――本当に結婚したみたいじゃない。
「よし……今日は、ご飯作って待ってよう……!」
慣れた足取りで別邸に入ると、そそくさと準備を始めた。
ひとりで気合いを入れて、エプロンを結ぶ。
キッチンにある食材をざっと見て、煮込み料理とスープを作り始めた。
(日本でもよく作ってたやつだから出来るはず……!)
魔法石で調整される火加減にドキドキしながら、味見をしつつ、食卓に皿を並べていく。
(……早く帰ってこないかな。驚く顔、見たいな)
最後にナプキンを整えて、ティオ様の席にグラスを置いた瞬間――
ちょうど、玄関のドアが開く音がした。
「ティオ様……っ!」
ぱたぱたっと足音を響かせて、私は玄関まで駆けていった。
玄関のドアが開くと同時に、見慣れた優しい横顔が目に入る。
「ただいま──って、わっ」
言い終えるより先に、私は勢いよく彼に飛びついていた。
「おかえりなさい」
細身だけどしっかりとした胸に抱きついたまま、顔を埋める。
あったかい、優しい匂い……ティオ様の匂い。
「ルシ……待っててくれたの?」
「……今日は”おかえり”って言いたくて、早く来て待ってました!」
くしゃっと髪を撫でられて、胸の奥がきゅんと音を立てた。
「お腹、空いてますか? がんばって作って待ってたんですよ?」
「……え!ルシが作ってくれたの?」
「はい!今日のご飯はですね……ふふ、あとのお楽しみです」
手を引いてリビングへ誘導しながら、私は顔を綻ばせた。
彼は椅子に腰かけ、並んだ食事に目を輝かせて、一口頬張る。
「……美味しい。ルシ、本当にご飯も作れるんだね。びっくりした」
「ふふっ、日本ではずっと自炊してたって言ったじゃないですか」
美味しいの一言に胸を撫でおろし、私もスープを口に運ぶ。
「家で使用人に身の回りのことしてもらえるのもありがたいですけど……こうして、自分で食事の準備して、家事をして……そんな時間もなんだか懐かしくて、すごく好きなんです」
ティオが、手を止めてこちらをじっと見つめた。
「……前に僕の事褒めてくれたけど、ルシこそ何でも出来るんだね」
「えへへ……普通にやってたことなんですけどね。でもティオ様とすると、特別に感じます」
言いながら、彼の前に置いた器を見つめる。
空っぽになったそれが、何よりのご褒美。
「おかわり、ありますよ?」
「……いただきます」
そう言って、照れくさそうに笑ってくれたその顔が愛しくて。
私の中で、また一つ「ここにいてよかった」が増えた気がした──
「ティオ様、お風呂……沸かしておきましたので、どうぞっ!」
「……え、あ、ありがとう。……なんか急に勧めてくるな?」
「え? そ、そんなこと……!ほら、疲れてると思って……ゆっくりしてほしくて……!」
にこにこと笑ってみせるけれど、自分でも声がちょっと上ずってるのがわかる。
ティオ様は不審そうに私の顔をじっと見ていたが――やがてため息をついて。
「……ありがとう。入ってくるよ」
(よしっ……!作戦、第一段階完了……!)
ティオ様が部屋の奥――浴室の扉へと消えていったのを見届けると、ルシはそろりそろりと立ち上がる。
息を潜めて、足音を立てないように浴室のほうへ。
(……いや、別に……いやらしい意味ではなくて?今までも何度か裸、見てるし……脱がせたことも、あるし……でもっ!)
拳をぎゅっと握って、心の中で小さく叫ぶ。
(でも!明るいところで”全身”ちゃんと見たこと、ないんだもん!!!)
そう、ルシが見たティオの裸は──
夜の薄暗い寝室だったり、キャンドルの灯りのなかだったり。
ティオ様は朝はきちんとシャツ着てるし。
この間は下をちょっと覗いただけだったし。
どれもこれも「雰囲気重視」で、はっきりと細部まで見る余裕なんてなかった。
(だってその……最中って……もうこっちが大変で、見てる余裕なんて……っ)
ふるふると首を振り、もう一度拳を握りしめる。
(よし、今なら……今のティオ様ならきっと油断してるはず……!いまこそ、観察のチャンス!!!)
そうしてルシは、そーっと立ち上がる。
別邸の浴室へ続く廊下を、気配を殺して進む。
(腰のラインとか見たい……がっつり見えますように……)
浴室のドアをこっそり開けてそっと近づいて──
(おっ……うなじ!見えた!!)
濡れた髪をかき上げる仕草。
背中の筋が滑らかに動いて、光に照らされる肌の質感までもが――
(……!やっぱ色っぽい……背中広い……!……っ、え、ちょ、ちょっと……見えそ……やば……っ)
あまりのリアルさに、鼓動がバクバクと高鳴る。
(ティオ様って……やっぱり、えっち……)
うっとりと見惚れていた、まさにそのとき――
濡れたティオが腰にタオルを巻いてこちらに向かってきた。
「……ルシフェリア」
「ひゃっ!?!?」
「……のぞいてるの、知ってた」
「ッ……っちがっ、ちがうの……!研究です!……観察……っ、実験の一環で……っ!ティオ様の筋肉の動き方とか、皮膚の質感とか……っ、構造的にすごく興味が……っ!」
「明るいとこでちゃんと見たい、って思ってたんでしょ?」
慌てる私を見て、一歩、また一歩とにじり寄ってくる。
「まさか……本当に覗きにくるとは思わなかったな」
「ち、ちがっ……これは違……っ!!」
「ねぇ、どっちがえっちなんだろうね」
濡れた前髪の隙間から向けられる、涼しい視線と悪戯な笑み。
逃げようとするルシフェリアを、ひょいっと片手で引き寄せて囁く。
「……一緒に入りたいの?」
その問いかけに、びくっと肩が震えた。
ティオは、濡れた髪をかき上げながら、口元だけで笑った。
「……おいで」
――その瞬間、ルシフェリアの思考は停止した。
(えっ、えっ、本当に……!?見ていいの……!?)
心臓が爆発しそうな鼓動のまま、つい、足が前へ出る。
(見たい……!ティオ様の全身、ちゃんと……!)
浴室に、湯気と甘い期待が絡みつく。
自分も見られることが、完全に頭から抜けたまま。
ルシフェリアは、その欲望に従って、静かに浴室へと足を踏み入れた。


