結婚式の日取りも決まり、私はついにティオ様の生家、アルバレスト伯爵邸に足を踏み入れることになった。
朝からずっとそわそわしていた私を見て、馬車に乗り込むなりティオは小さく笑う。
「ルシ、浮かれすぎ……」
「だって、ティオ様の生家ですよ!?お兄様に幼少期の肖像画見せてもらう約束もしてますし!」
興奮を隠せず拳をぎゅっと握ると、ティオ様は呆れたように、でも優しげな目で見つめてくる。
「今日は両親はいないけど、式当日は会えるから、また挨拶できるよ」
「そうですね。……またいつかゆっくりティオ様の秘蔵話聞いてみたいです」
馬車の振動と彼の温もりが、これから始まる新しい生活の実感をじわじわと胸に広げていく。
***
アルバレスト伯爵邸に到着するなり、邸宅の大きさや手入れの行き届いた様子に目を見張った。
石畳を進むたびに、両脇に広がる庭園の薔薇が朝露を受けて光っていた。
(侯爵邸もすごいけど、ティオ様の家もすごい……)
緊張しながらも、応接室へと足を運ぶと、長兄であるアルバレスト伯爵の姿があった。
無事に挨拶を交わしながら――
(でっかい……)
と思わず心の中でつぶやく。
陛下の生誕祭で遠目に見た時も大きかったけれど、近くで見ると、その体格差と威圧感に圧倒された。
(でも、こんな強面なのに、ティオ様のこと溺愛してるなんて……可愛い)
さらに、リュシアンお兄様の奥様であるミア様ともご対面。
(めちゃくちゃ可愛い……!でも、原作では夜のことめちゃくちゃ詳しいみたいだったんだよね。うう、詳しく聞いてみたい……)
そんな邪念を抱きながらも、きちんと挨拶を済ませた。
するとリュシアンお兄様が、「せっかくだからティオの幼少期の肖像画を見せてあげるよ」と案内してくれる。
その途中、ついぽろっと口に出してしまった。
「伯爵様、近くで見ると大きすぎてびっくりしましたー!」
リュシアンは喉の奥で笑い、「迫力すごいでしょ」と軽く肩を竦める。
「はい!ティオ様とリュシアンお兄様と系統は違いますけど、伯爵様もすっごくかっこいいですね!それにミア様もすごく可愛くて……夜の技、今度教えてもらいたいです……」
私の言葉に、隣のティオ様とリュシアンお兄様が同時に吹き出した。
「ルシ、そういうことわないで」
「……ミアと気が合うかもな」
そんなやりとりをしながら、私たちはギャラリーへと足を運んだ。
***
ギャラリーに足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。
壁一面、いや部屋の隅々まで、精巧に描かれた肖像画が並んでいる。
「やば、天使すぎ…!」
心の声が、うっかり漏れてしまう。
視線は自然と絵から絵へと飛び、足も勝手にあちこちへ。
隣にすっとリュシアンお兄様が寄ってきた。
「このティオ、お気に入りでな。十歳の誕生日のやつだ。好きなケーキが出てこなくて拗ねてるところなんだ」
「きゃー!可愛い〜!」
思わず声が裏返る。
「でも、この十六歳くらいのあどけなさが残る美少年時代も捨てがたい…!」
二人でそんなふうに盛り上がっていると、少し離れた場所からティオがこちらを見ていた。
――嬉しいような、恥ずかしいような、なんとも言えない表情で。
「大体、なんで僕の肖像画ばっかりあるんだよ……」
ティオが珍しく視線を逸らし、耳まで赤くしてそう告げる。
そんなことお構いなしに私とお兄様で盛り上がる。
「今度ここに飾れるような絵描いてきていいですか!? 綺麗に色塗って、ここに飾りたいです!!!」
「嬉しいな。是非飾りたい」
リュシアンがにこやかに返す。
そのやりとりを聞いたティオが、とうとう顔を覆って声を上げた。
「もう勘弁して! いい大人なんだよ、僕も!」
***
帰り際、みんなで挨拶を交わし、「じゃあまた結婚式で」と約束をして伯爵邸を後にする。
――馬車に揺られながら、私は深く息を吐いた。
「あー、最高な時間でした」
思い出すのは、あの可愛すぎる肖像画たち。
胸がふわふわする。
「ははは、兄さんと波長が合ってなによりだよ」
苦笑いを浮かべながら、馬車の外を眺めるティオ。
するとふっと、表情を緩める。
「……結婚式も、あっという間に来るんだろうね」
「そうですね、多分一瞬で来て、一瞬で終わります!」
肩を預けたまま、私はくすっと笑った。
(こうやって伯爵邸の皆さんとも、家族になっていくのかな。)
そう遠くない未来に想いを馳せながら、二人で帰路についた。


