ぐったりとベッドに体を預けたまま、ルシフェリアが名を呼ぶ。
「ティオ様……」
ティオは微笑んで、その額にそっと口づけた。
「……入れるよ、ゆっくり」
囁く声は震えていた。
喉の奥から洩れた小さな吐息が、ルシの耳元をかすめる。
彼のものが、熱を帯びたままルシフェリアに、そっとあてがわれる。
「痛かったら、我慢しないで。ちゃんと言ってね」
その優しい言葉に、胸がぎゅっとなった。
(……大丈夫、きっと……今日は……)
ティオ様がすごく気にしてたから。
昨日のこと、落ち込んでたから――
(今日は大丈夫……私、ちゃんと受け止めたい)
だけど。
「っ……あ、あああ……っ」
次の瞬間、鋭い痛みが襲ってくる。
思わず指先に力が入り、シーツをぎゅっと握りしめる。
(っ……いたい……裂ける……!)
身体の奥に、異物がゆっくり、ゆっくりと入ってくる。
息ができなくなるような圧迫感。
(でも……ここで痛いって言ったら、ティオ様……絶対やめちゃう)
震える唇を噛みしめる。
腕に力をこめて、ティオの背中にしがみついた。
「ルシ……大丈夫?」
優しい声が耳元に落ちてくる。
「……だいじょうぶ……」
声にならないような囁きで、そう返した。
ティオはほんの少し動きを止めると、そっと背中を撫でて、「ありがとう、ルシ」と切なげに微笑んだ。
その言葉に、胸がまた、じんわりと熱くなる――
ティオが、ゆっくりと身体を沈めていくたびに、ルシフェリアの眉がきゅっと寄っていく。
その表情に気づいたティオは、すぐに動きを止めた。
「……ごめん、ルシ。やっぱり、痛いよね……?」
おでこをぴたりと合わせながら、そっと頬を撫でる。
その手が、とても優しくて。
気遣う声に、ルシの胸がいっぱいになった。
「今日は……ここまでにしておこう」
彼は、離れようとする。
「……いや……」
小さな声だった。
でも、はっきりとティオの耳に届くように、ルシはしっかりと囁いた。
「……痛いけど……ティオ様と、一つになりたいんです」
震えるように告げたその言葉に、ティオの目が揺れる。
「ルシ……」
「大丈夫……っ」
そう言って笑おうとしたけれど、頬にはうっすらと涙が滲んでいた。
ティオはその涙を、そっと親指で拭う。
「……まだ、ほんの少ししか……入ってないんだけど……大丈夫?」
「……えっ?」
ぽかんとした顔で、ルシは見上げた。
「え、これで……まだ少し……?」
「……うん、ごめん……」
「………………」
次の瞬間、ルシの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
(う、うそでしょ……!?これで、ほんの少し!?)
「や、やっぱり、ちょっと……ティオ様の、大きすぎます……っ!」
思わずそんな言葉がこぼれると、ティオは困ったように眉を寄せた。
「……ごめん、ちょっと大きい方かなとは思ってたんだけど……」
申し訳なさそうに目を伏せながら、そっとルシの頬に触れる。
「……今日は、特別に……君のこと、すごく……愛おしくて。興奮してるから……こんなになっちゃって……」
震える声でそう打ち明ける彼の顔は、少しだけ赤く染まっていて――
(……そんな顔、されたら……)
胸が、ぎゅっとなる。ルシの胸がまたぎゅっと締めつけられた。
「……我慢できなくなったら、すぐ言って。……ゆっくりするから」
その声も手つきも、いつもと変わらず優しくて。
(好き……)
唇にキスをした後に、ティオはゆっくりと押し進め始めた。
身体の奥までずしりと響く存在感に、思わず爪がティオの背中に食い込む。
(……っ……苦しい……)
ぎゅう、と押し広げられる感覚。
皮膚の内側が、めりめりと裂けていくような感覚。
「……っ、い……ぁ……っ……!」
声にならない吐息が、何度も喉奥から漏れる。
下腹へ広がる圧迫感。
奥へ奥へと進んでくるティオのものが、まだ全部じゃないと知ってるのに、それでも苦しい。
「ルシ、大丈夫……?」
ティオが額を寄せて囁いた。
その唇の温もりが、涙をぬぐうようにそっとおでこに触れる。
「……だい、じょうぶ、です……っ」
本当はまったく余裕なんかない。
でも、それでも離れたくなかった。
彼と、ちゃんと結ばれたかった。
「ぁ……ルシ、全部入った……」
「……っ……ティオ様、の……中に、いる、って……わかります、すごく、っ……」
潤んだ目を伏せ、唇を震わせながらそう呟くと──
「……僕もだよ。ルシの中、温かくて、柔らかくて……気持ちいい……」
ティオはルシを抱き締め、動きを止めてそっと髪を撫でた。
「もう少し、このまま……慣れるまでじっとしてよう」
「……うん……ありがとう……ございます……」
しがみつくように腕を回しながら、必死に呼吸を整える。
涙で滲む視界のなか、ティオの優しい姿だけが見えた――。
「……っ、もう大丈夫……です」
乱れた呼吸を整えながら、ルシは絞り出すように言葉を吐いた。
ティオが一瞬、迷うように眉を寄せたあと──そっと頷く。
「……動くよ。ゆっくり、するから」
そして、腰をほんの少しだけ引いて、再び押し入れるように動き出す。
ぬるりと濡れた感触と、絡みつく粘膜の密着に、ティオの喉から吐息がこぼれた。
「っ……ルシ……っ、すごい……っ」
その甘く掠れた声に、ルシフェリアの心臓がどくりと跳ねた。
(ティオ様……そんな、声……顔見てるだけで……)
けれど、私自身は──
「……んっ……、っ……」
ただただ、圧迫感に支配されていた。
鋭く、重く、下腹の奥をじわじわと押し広げられるような感覚。
痛みは和らいできているはずなのに、気持ちよさなんてまだ感じられない。
(……でも……っ、ティオ様のが、……中に……)
吐息と一緒に、微かに震える声が漏れ出る。
くちゅ、くちゅ、と濡れた音が静かに響くたび、身体の奥がひりひりと疼いた。
「ルシ……大丈夫? やっぱり、まだ痛い……?」
動きを止めかけたティオに、ルシは慌てて首を振る。
「……っ、大丈夫……!」
身体は正直に震えていて、顔も耳も真っ赤に火照っている。
だけど、彼の中にいるというだけで、もう十分に幸せで、満たされていた。
(……気持ちいいのか、まだ、よくわからないけど……ティオ様と、繋がってるって……それだけで……)
何度も揺さぶられながら、ただただ彼に身を任せた。
「ルシ……ごめん……すぐ、だから……」
「……うん……っ」
ぬるぬると音を立てながら、浅く何度か動いたあと、ティオの身体が小さく震えた。
「……っ、……くっ……!」
低く、喉を震わせる声。
きつく抱きしめられたルシの奥に、熱いものが流れ込んでいく感覚があった。
(……ティオ様……)
ぎゅっと抱き合いながら息を二人で整えた。
圧迫感も、鈍い痛みも、まだ引かない。
涙が滲むような微笑みを浮かべながら、そっとティオの髪を撫で続けた。
心だけは、これ以上ないほど満ちていたから。
ティオがそっと体を起こすと、ゆっくりと腰を引いた。
ぬるりと繋がっていたものが抜ける感覚に、ルシは小さく息を呑んだ。
(……抜けた……)
けれどその直後──ティオの動きが止まる。
「……っ、……血……ルシ大丈夫……っ?」
ベッドに滲んだ痕。
ティオは一瞬、息を詰めたように固まり、それから慌ててルシフェリアの太ももをそっと拭った。
「ごめん……っ、僕が、下手だったから……痛かったよね、ごめんね……」
必死に血を拭いながら、ひどく動揺しているティオの声。
その言葉に、ルシの胸がぎゅっと締めつけられた。
「ち、が……っ……」
喉が詰まり、言葉にならない。
涙が一粒、頬を伝って零れ落ちた。
「違うんです……っ……う、ううっ……!」
その瞬間、ルシの身体から堰を切ったように嗚咽が漏れた。
(どうして……こんなに涙が……)
肩を震わせ、涙を溢れさせ、声を詰まらせる。
(嬉しくて、幸せで……よくわからないけど、すごく溢れてくる……)
ティオは拭う手を止めて、驚いたようにルシフェリアを見た。
「……ルシ……?」
「ち、がうの……っ、痛くて……怖かったけど……でも……」
しゃくりあげながら、それでも絞り出すように続ける。
「私、……っ……こんなに優しくされて……大切にされて……幸せでっ……」
ティオの瞳が揺れ、すぐにその身体がルシをそっと抱きしめた。
ティオに抱きしめられながら、ルシの涙はとめどなく溢れ続けていた。
幸福感と共に、想像よりも痛くて驚いたことも一緒に溢れてくる。
「でも……ひっく……いたかっ、た……うぅ……っ、……原作では……セレナ様……痛くなかったって……っ、言ってたのに……!」
声を詰まらせながら、それでも続けた。
「……え? セレナちゃん……?」
「めりめりって……ひっ……裂けるかと思った……うぅぅぅ……っ」
ルシフェリアの震える身体をしっかりと抱きとめたまま、ティオは少しだけ困ったように呟いた。
「……ごめんね、ルシ。」
柔らかい声が、ルシフェリアの頭の上から落ちてくる。
「きっと怖かったよね、びっくりしたよね。ほんとに……よくがんばったね」
そう言って、額にそっとキスを落とす。
私はしゃくり上げながらも、抱き寄せられるその温もりに、すこしずつ呼吸を落ち着けていった。
「……ぅう……大きかった……っ……でも……もっと怖いのかと思ってたのに……痛いだけかと思ってたのに……全然違って幸せでした……ティオ様のこと、もっともっと好きになっちゃって……っ」
「……うん。僕も、大好きだよ」
震える声で、やっとそう伝えたルシを、ティオは優しく抱きしめ返した。
少し息を整えるとぽつりと、ルシフェリアが呟く。
「……えっちな漫画とか、小説では……最初から気持ちよくなるのが定説なんです……」
「……まんが……?」
「イラストで描かれた物語があるんですけど……」
頬を赤くしながら続ける。
「だいたい……最初からすごく気持ちよさそうにしてて……ああ、こんなふうになるのかなって……でも、本当は……そんなこと、ないんだって……薄々気付いてて。だから、ティオ様のせいじゃないんです」
「ふふ、よくわからないけど、わかったよ」
ティオが笑いながら、優しくタオルで汗を拭ってくれる。
額、首筋、肩のあたりまで丁寧にぬぐいながら、時おり髪を梳くように撫でて、「よしよし」と優しい声をかける。
「……ちょっと落ち着いてきた?」
「……はい……ごめんなさい、取り乱して……」
ルシが恥ずかしそうに身を縮めると、ティオは微笑んで「気にしないで」と肩をとんとんと優しく叩いた。
そして、ふと。
「……なんだか凄く幸せで、感情が溢れちゃって……えっちな漫画みたいにはならなかったけど、それよりむしろ……こんなに幸せなんだなって」
「……うん、僕も。ありがとう、ルシフェリア」
もう一度、優しく唇が触れた。
少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らして、でもきゅっとティオの手を握る。
「でも……痛くて普通なんですよね? だから、これから一緒に……気持ちよくなるために……頑張りましょう」
その言葉に、ティオは目をぱちくりとさせて、そして――ふっと、堪えきれないように笑った。
「ほんとルシフェリアは前向きだね。……うん。じゃあ“これから”のために、二人で頑張ろうか」
まるで将来設計みたいな響きに、ルシフェリアはまた顔を真っ赤にする。
まだ痛みは残っていたけれど、これ以上ない幸せに包まれながら彼に身を寄せた。


