ーーまさか初めての外出でティオ様に遭遇するなんて。
しかも実在して、動いてた。
推し様が、この世界で――。
部屋に戻った私は、ベッドにダイブして転げ回った。
「……イケメンすぎた。いや美しすぎた……推し、尊かった……」
枕を抱えてバフバフと顔を埋める。
紅茶を淹れようとしていたセシルが慌てて近寄ってきた。
「お、お嬢様!?どうなさいました!?外出先で何かあったんですか?」
「セシル、良い成果が出そうよ。……今日はちょっと急だったからアレだけど、明日また気を取り直して繰り出すわ」
「成果……?ルシフェリアお嬢様……やはりここ数日様子がおかしいです。お医者様を――」
セシルの顔が青ざめていくのを見て、私は慌てて取り繕った。
「ちょっ、ちょっと待って!あ、頭……いたいっ!」
「……」
「ね、セシル。お願い、少しだけ聞いて……」
怪しげな目でこちらを見る彼女の手を取った。
「私……夢中になれるものを見つけたの。これからの人生、きっともっと楽しくなる気がするの。だから……協力してくれない?」
「お嬢様……」
戸惑いながらも、セシルはぎゅっと私の手を握り返してくれた。
「……わかりました。お嬢様がそこまでおっしゃるなら、全力でお支えします」
「ありがとう、セシル。じゃあ、これ……お父様とお母様には内緒ね?」
私がにっこりと微笑むと、セシルはぎょっと目を見開いた。
「……は、はい。かしこまりました」
***
翌日。
私は懲りずに護衛を連れて癒術理院前まで来ていた。
まず、ティオ様の姿が見えないのをしっかり確認。
そして私は“聖典”のディテールを上げるべく、歩数で距離を測る作業に入っていた。
のだがーー
「……君、今日も何してるの?」
「きゃっ!?」
いないはずの背後から、柔らかくも冷静な声。
振り返ると、長い髪と白衣を揺らしたティオ様が、そこに立っていた。
(え、いないの確認したのに!?)
ーーバサッ
驚きのあまり、手にしていたものが滑り落ちる。
本人に見られてはいけないものNO.1に位置する、”聖典”が。
よりにもよって、えっちなページを開いたまま。
「…………?」
ティオ様の視線が、地面に落ちたそれに吸い寄せられる。
ページの一部が風に揺れ、少しめくれた。
「だめっ……!」
(それだけは見られたら……終わっちゃう……!!)
私は慌てて身をかがめた。
だが、それよりも早く、ティオ様の指先がそれをひょいと拾い上げる。
「…………」
何も言わず、ページをパラパラとめくる。
(推しに……推しのえっちなBL妄想小説を読まれるって、なに……? これ……一生分の羞恥じゃない……?)
「……これ、君が書いたの?」
「…………はい」
ティオ様の目が鋭くなった。
「……少し話を聞かせて。君、呪術や呪いについて何か知ってるの?」
「え……?呪い?」
「ちょっと来て。逃げられると思わないでね?」
***
護衛に「研究室の案内をしてもらう」と適当に説明し、彼の後に付いて個室に入った。
重厚な扉が閉まる音がして、振り返った瞬間――
ーーガチャリ
(え……鍵、かけた?)
ぎょっとしていると、ティオ様は涼しい顔で振り返る。
「……あのぉ。未婚の男女が二人きりで個室、それに鍵をかけるのは……よろしくないかと……」
なんとか声を絞り出すと、彼はわずかに眉を上げた。
「そんなこと言える立場だと思ってるの? ……それに、僕、君みたいにふわふわした子は好みじゃないから大丈夫だよ」
(わぁ……!やっぱりレオン様がタイプなんだ……可愛い……って違う!)
ティオ様は私の向かいに腰を下ろし、聖典を机の上にトン、と置いた。
「君、どういう立場の人間?まだぱらぱらとめくっただけで、詳しくみてないけど、 ”古代語”が書けるなんて……普通じゃない。僕の大切な人に、呪いがかかってるんだ。関係があるなら、教えて」
「……え?」
「この文字、“古代語”は今のカルミア語とはまったく構造が違う……読める人なんて、僕くらいのはずなんだけど」
(そうか。ティオ様は今、レオン様の呪いを解く為に情報が欲しい時期なのか……)
古代語ーー
それは”原作”で、ティオ様が呪いを解くために解読していた言葉だった。
「えっと、これ、日本語ですけど……。こっちの人には、古代語って呼ばれてるのかな」
ティオ様の眉がぴくりと動いた。
「……にほんご?」
(あ、余計なこと言った……?)
「……どうしてこんな知識を?まさか、誰かの指示で動いてる?」
「ち、違います!その文字は……えっと、元々知ってましたし、この本は完全に趣味です!!」
しどろもどろに答えると、ティオ様はほんの一瞬だけ呆けたように瞬きをして、それから訝しげに眉を寄せた。
「……趣味?……中身、確認するね」
彼の手が、机に置かれた聖典へと伸びていく。
(ま、まずい……!よくわからないけど、今の感じ……“中身”までは見てないっぽいよね!? 今なら、まだ間に合う……!!)
「返してくださいっ!」
必死で手を伸ばして聖典を取り返すと、私は一目散に扉へと駆け寄った。
ーーガチャ、ガチャガチャッ!
(あれ!? 開かない!? うそ、鍵ってどうやって開けるの!?)
焦りながらも必死に扉をガチャガチャ揺らしていると、背後から低い声が。
「……君、何してるの?」
「っ……」
ぞわりと背筋に冷たいものが走る。
次の瞬間、背中にぴたりと気配が張りついたかと思えば、
ーートンッ
両腕を左右から壁につかれ、私は完全に逃げ場を失っていた。
「きゃ……っ!?」
背後からティオ様にぴたりと囲まれていて、振り返ることも出来ない。
(うそ……推しに……後ろから壁ドン……されてる……!?)
背中に伝わるぬくもり、そして……すぐ後ろ、耳元に落ちる吐息。
ティオ様の顔が近い。
ほんの少し振り返れば、唇が触れてしまいそうなほどの距離。
「逃げようとしてたよね? それ、返して?」
「や……だめ、だってこれ私の……っ!」
精一杯の抵抗も空しく、彼の手が伸びてくる。
私の宝物はティオ様の手の中に収まると、そのまま中身が開かれた。
「待っ……やめっ、それだけは……!」
ティオ様の指先がページの端にかかった瞬間——
(だめ、止めないと、止めなきゃ、止めたい……!)
でも足は床に縫い付けられたみたいに動かない。
(やめて……お願い……えっちなシーンだけは読まないで……!)
胸の奥が焼けるように熱く、指先は冷たく震える。
視界の端で、ページがゆっくりとめくられていく。
「……ふぅん、なるほどね」
彼の口元に、うっすらと笑みが浮かんだ――ような気がした。
(……あ。これ……完全に……終わった。)


