いつものように癒術理院に入ると、ホールの中央で見覚えのある背の高い男性が立っているのが見えた。
(あ……あの後ろ姿は……!)
思わずたたたっと駆け寄り、息を弾ませながら声を掛ける。
「クラウス先生〜!この間はどうも……その、変なとこ見せてすみませんでしたっ」
ぺこりと頭を下げると、クラウスはふっと笑って、からかうように言った。
「いえいえ。……ティオを狙う気はないので、今後もお手柔らかにお願いしますね」
「……もう忘れてくださいっ……!」
にやりと笑うその表情がやけに爽やかで、話を逸らすように”推し”の話を始めた。
「そ、それはさておき……クラウス先生。ティオ様とレオン様の、もっとこう……いい話ってないんですか?」
「んー……ああ、そういえば――前、公爵様がティオをおんぶして研究室に入っていくの見たな……」
「なっ……」
ーーがたん。
思わず手に持っていた筆記用具を落としそうになった。
すぐさま、”聖典”を開いて全力でメモを走らせる。
「詳細お願いします!時間帯、季節、服装、位置関係……ッ!」
「ははっ、すごい熱量だね……」
クラウスは半ば呆れたように笑いながら、ふと首を傾げた。
「ティオって、婚約者に自分と親友の……そんな妄想されて……怒らないんですか?」
「そういえば、文句言われたこと……ないですね」
ペンを走らせながら話を聞いていたが、ぴたりと手を止める。
「……もしかしたら、まんざらでもないのかも」
「ははっ!……ミルフォード嬢もだいぶズレてますね!」
クラウスは吹き出しながら、肩を揺らして笑った。
私もつられて、くすっと笑ってしまった。
「クラウス先生、いや……クラウスって呼んでいい?なんだか、いい友達になれそう!」
「えっ、急に距離感近いな!? 」
「これからも情報提供、よろしくお願いしますっ!あとティオ様を誘惑するアドバイスも欲しいし……ティオ様がクラウスはモテモテって言ってたから!」
「え、え?そっち系!?俺にそんな指南役を期待されてもなあ。……でも、ま、俺でよけりゃいつでもどうぞ?……ミルフォード嬢って、ほんと面白――」
「ルシフェリアで大丈夫。ほら、楽に話しましょ?」
ウインクをぱちりと飛ばすと、クラウスは肩をすくめて笑った。
「……へぇ。こうやってぐいぐい来るタイプだったとは。ティオが振り回されるのもわかるな」
なんだかんだでノッてくれるクラウスは、きっと懐の広い人なんだと思う。
ティオ様の友達ってだけあって、やっぱりちょっと変わってる、でも――
……これから、いい友達になれそうな気がした。
この日、癒術理院の中で、ひとつの奇妙な“共犯関係”が芽吹いたのだった。
***
研究室の扉を開けた瞬間、ティオ様が顔をぱっと輝かせて、すぐに私のもとへ駆け寄ってきた。
「ルシ! 最近なにしてたの? 家に行ってもいないって言われるから、心配してたよ」
「……あ、ごめんなさい。ちょっと夢中になってて……」
「夢中?」
ようやく会えたという安堵と、ほんの少しの罪悪感が胸をよぎる。
「ティオ様を誘惑するためにドレスを開発してたのに……肝心のティオ様に全然会ってなかった……っ。すみません……」
しゅんと項垂れる私に、ティオは一瞬ぽかんとしたあと、「え? 誘惑……? 開発……?」と体を離して、ようやく私の姿を見下ろした。
職人たちの努力が詰まったドレスをひらりと揺らす。
「どうですか?……サラシ巻かなくていいように改良したんですっ!」
そう言って胸を張ってみせると、ティオ様の目が固まった。
今まで平らに抑え込んでいた胸元には、はっきりと柔らかなラインが浮かんでいる。
きっちり詰まった布地のはずなのに、なぜかやけに色っぽく見えるのは気のせいじゃない。
「……ちょ、ちょっと、ルシ……これは……その……っ」
顔を真っ赤にして視線を逸らすティオ様。
耳まで染まっていて、なんだか可愛い。
「誘惑、成功ですか?」
と小さく笑って問いかけ、そのまま彼の手を取って、自分の胸元へ導いた。
「ティオ様、ちょっと……ここ、引っ張ってもらえますか?」
「……ここ?」
戸惑いながら、ティオ様が指先で軽くリボンを引くと、
するり――と音を立てて、前開きのドレスがほどけ、胸元があらわになった。
「ルシっ……!」
目を見開いたティオが、反射的に顔を逸らしながらも、視線は明らかに揺れ動いている。
「この間、“一緒に寝られるだけで幸せだ”って言ってたから……もう、何もしてこないと思ったのに……」
「それとこれとは別ですっ!」
ルシはきっぱりと言い放つと、目の前の彼ににじり寄る。
「今日は昼間ですよ? 送って帰られたりしませんよね?」
一歩、また一歩と距離を詰める。
「ルシ、だから……っ! その、胸、隠して……!」
「じゃあ……ティオ様が結んでください」
胸元を開いたまま、ティオ様の前にぴたりと立ち、その困った顔を見上げながら、そっと唇を重ねた。
最初は、そっと触れるだけのキス。
けれど、ティオの目元がわずかに熱を帯びたその瞬間――
「んっ……ティオ様……」
唇が重なる角度が変わり、抱き寄せられた腰が、ぴたりとティオの体に吸い寄せられる。ふとした瞬間、胸元が彼の胸に当たり、柔らかく潰れる。
「……ルシ。もう……知らないよ?」
呟きながら、ティオは腰に手を添え、そのままそっとソファの縁に押し倒してきた――


