熱く今後の事を語るお父様の話を、苦笑いで聞きながら視察を乗り越えた後、私は部屋でくつろいでいた。
(ティオ様、今何してるかな。)
どうしても――今日は顔を合わせる暇すらなかったティオ様のことが気になってしまう。
(疲れた……ティオ様にちょっとでも会えたらな……)
何をしていてもぱっと浮かぶのは彼の顔。
「……あと2週間足らずでえっちなこと出来るっていうのに、なんでこんなに気持ちが急くんだろう。いつでも会えるのに……でも今日、どうしても会いたい……」
胸の奥が、ちくんと痛んだ。まるで、焦りと不安が混ざり合ったような――そんな感覚。
(……早くティオ様を全部私のものにしたい……誰にも渡したくない……!)
いくら高速で作ってもらったとしても、例のドレスを作るにはまだ少し時間がかかる。
横になりながら、いい案はないかと模索する。
「あ……そうよ、寝巻きだったらすぐ脱がせられるんじゃない!?」
あれこれ考える前に、体が動いていた。
元々のルシフェリアが着ていたであろうシンプルなナイトドレスを引っ張り出して眺める。
(露出はそんなにないし体のラインも出ないけど、これくらいだったらすぐ脱げるわ……!ちょっと遅い時間だけどまだ居るはず。……ふふ、行ってみようかな。少しくらいなら、きっと大丈夫)
ティオ様に早く会いたいという気持ちと、あわよくばという期待が入り混じり気持ちが昂ぶっていく。
とはいえ、部屋を出る前に――やらなければならないことがある。
「……セシル!」
ルシフェリアは素早く呼び出しベルを鳴らした。
「お呼びですか、お嬢様……って、何か嫌な予感がします……」
「セシル、一生のお願い。お願い事を聞いてほしいの。」
神妙な顔をして手を握ってくるルシに、セシルはすでに覚悟したような顔をしている。
「……で、何を?」
ルシはベッドのシーツをまくりながら、神妙な顔で言った。
「ここで今日、寝て欲しいの。私の代わりに」
「は……?」
セシルの目が大きく見開かれる。
「お願い、セシルにしか頼めないの。朝方には戻ってくるから!今夜は私の未来がかかってるのよ!」
「お嬢様、それってまさか……研究室に!? いえ、侯爵様に言えばたぶん『いってらっしゃい』って言われる気もしますけど……!って、お嬢様っ!?」
セシルの声が言い終わるより早く、ルシフェリアは白い上着を羽織って、足早に部屋を飛び出していった。
「……お嬢様のためとはいえ、これって侍女の任務として正しいんでしょうか……」
一人取り残されたセシルは、深く溜息をついてそっとベッドに身を横たえた。
(……お願いですから、朝には帰ってきてくださいね)
***
夜の癒術理院の廊下を、そろりそろりと足音を立てずに進む。
他の人に見つからないように、私が見つけた“裏の抜け道”を通って――
ルシフェリアはついに、ティオの研究室の前へとたどり着いた。
(……よしっ、今日こそやってやるわ!)
もこもこの上着の裾を掴み直して、勢いよくドアを開ける。
「ティオ様っ!」
「うわっ!?……って、ルシ!? えっ、何かあったの!?」
驚いた様子で立ち上がろうとするティオをよそに、ルシは足早に近づくと、ふわりとその胸に飛び込んだ。
「ふふ、会いたくなっちゃったんです」
「……ルシ」
くすぐったそうに笑う彼女を見て、ティオは眉をひそめる。
「こんな時間に、一人で……危ないでしょ?」
ちょっとだけ強めの声音。
私の事を心配して少し怒っているようだった。
「大丈夫ですよ、護衛と歩いて来ましたし。他の研究者にも見つからないようにこっそり……ティオ様が婚約式終わるまでって”外聞”気にしてくれるから、私も気を付けました」
「もう、全く君は……!」
ティオは思わず苦笑する。
「……会いにきてくれて、嬉しいよ。でもね、危ないから。僕が行くから、ちゃんと教えて?近いんだから、誰かに伝言してくれたらすぐ行くから。……ね?」
頭をそっと撫でるティオの手は、優しくて、あたたかかった。
ティオのぬくもりを感じながら、ルシフェリアはふと顔を上げた。
「ねえ、ティオ様……」
「ん?」
「今日はちゃんと対策してきたので……ここに、泊まってもいいですか?」
「……は?」
ティオが一瞬絶句する。
そんな彼に対し、ルシフェリアは自信満々に頷くと、得意げにこう続けた。
「今私の部屋ではセシルが身代わりになってくれてます。だから問題ないです!」
「いや、それ対策じゃないよね……!?そもそもルシをこんな狭いところに寝かせるわけには……」
なんとなく私を送り返そうとする雰囲気に、思わずしゅんと目を伏せる。
「……今日、忙しくて全然顔見れなかったから。寂しかったんです……ティオ様とイチャイチャしたかったし……」
その一言に、ティオの表情がわずかに緩む。
「……ルシ、僕の事想ってくれて嬉しいよ。でもね、いくら癒術理院でのことは外部に漏れないとは言え、何もしてなくても、一緒に泊まるのがまずいのはわかるよね?」
「そうかもしれないけど……だめ、ですか……?」
わざとらしく伏し目がちに呟くと、ティオは小さく息をついて、優しく頭を撫でた。
「……ちゃんと、大人しく寝るんだよ?……ご両親にはあとで謝っておくから」
「……やったぁっ!」
嬉しそうに抱きついてくるルシフェリアの背を、ティオは苦笑しながら受け止める。
一抹の不安を胸に抱きつつも、彼女の甘えに抗うすべは――もう、とっくに手放していた。
***
先に仮眠室に入って静かに待っていた私は、静かに扉が開く音にぴくりと反応した。
(……来た!)
足音の主は、まぎれもなくティオだった。
ふわりと漂ってくる香油の香りに、思わず鼻をくすぐられる。
彼は湯上がりらしく、髪がまだ少し濡れていた。
シャツの襟元に水滴が滲み、首筋をつぅっと伝っていくのが見えた。
「この研究室、ほんとに豪華ですよね。個室な上に、仮眠室も浴室もあるなんて」
私がベッドの端でそう呟くと、ティオはタオルで髪を拭きながら微笑んだ。
「寝泊まりすることが多いからね。……ごめん、待たせて。って、ルシ……まだ上着着てるの?」
そう尋ねられ、ルシフェリアは一瞬だけ唇を噛んでから、少し恥ずかしそうに視線を伏せた。
「……ティオ様に、脱がせて欲しかったから……」
「は?」
ティオが一瞬固まる。
そっと立ち上がり、彼の前に進み出る。
「……お願い、してもいいですか?」
不思議そうにしながらも、ティオは手を伸ばして、彼女の肩にかけられた上着にそっと触れた。
だが――。
ぱさり、と音を立てて滑り落ちた上着の下から現れたのは、シンプルながら、薄手の寝巻姿のルシフェリアだった。
「…………っ!」
ティオの頬が一気に朱に染まる。
「ちょ、ちょっと待って!? ルシ……こんな格好見せたら、僕が変なことしたくなるかもしれないでしょ……」
「え、本当ですか?それは嬉しい……っ」
「……本気で悪いことするつもりなら、今からでも送り返すからね」
焦ったように肩に手をかけようとするティオに、私は大急ぎで頭を振る。
「し、しませんからっ! 絶対いい子にしてますっ!」
「……本当に? じゃあ、キスも“軽く”しかしないって、約束できる?」
詰め寄るような視線に、ルシフェリアはぎゅっと唇を引き結び――しぶしぶ、こくりと頷いた。
「……ちゃんと、守ります」
ティオはそれを見て、長く息を吐いた。
「……全く。どうして君は、そんなに僕の理性を試すようなことばっかりするんだろうね」
小さくぼやくように呟きながら、彼はそっと彼女の頭に手を置いた。
(うぅ、今夜こそ……って思ったのに……また、うまくいかなかった……でも、追い返されるのはもっと嫌だから、大人しくしておこう……)
意気込んで誘惑に来たものの、またも不発に終わるルシフェリアだった。


