ルシフェリアは自室で、原作でティオが出るシーンだけを抜粋し、全ページ挿絵付きで手書きした聖典・改を抱きしめ、ぼろぼろと涙を流していた。
「ああああああああ……ついにあの伝説のシーンが来るのね……」
”原作最終話”を、何百回、何千回と読み返してきた。
初めて読んだ時は衝撃で一晩眠れなかったし、二度目に読んだときは過呼吸で倒れかけた。
そして今日――
その“伝説の回”が、現実として起こる。
あれからーーティオ様と会わなくなってから少し経った。
私は毎日のように”今日”を想像して枕を濡らしていた。
「……ルシフェリアお嬢様。そんなに毎日泣いて……本当に、どうかなさったんですか?」
「うっ……セシル、それも今日で終わりよ。心配かけてごめんね」
そう、今日はレオン様の結婚式であり、原作の最終回。
自分が想いをよせる人の結婚式に参列する、だなんてそんな辛いことがあるだろうか?
(ティオ様と会うと、ティオ様を応援したくなっちゃうから距離置いたのに……想像だけで辛すぎて泣いちゃう……)
原作ではティオ様はこの日、髪を切った姿で現れる。
呪いが解けたら長い髪の毛を切ろうと決めてて、結婚式の前に髪の毛を短くして参列する。
「呪いが解けたら切るって……あれはつまり、レオン様に想いを残さないってことじゃない……っ!」
そう、今日は”レオン様への想いをティオ様が断ち切る日”
「結婚式が終わる頃に、研究室に甘いもの届けて慰めてあげよう」
***
そうして研究室の扉を開けた瞬間、ルシフェリアの視界に飛び込んできたのは――
式服に身を包んだティオ様。
だけど、短くなった髪の毛が、光を受けてふわりと揺れていた。
「あっ……」
その瞬間、張り詰めていた何かがぷつんと切れて、ルシフェリアの目から大粒の涙がこぼれた。
「……ルシフェリア?」
「ううっ……」
泣きながら駆け寄り、ティオの胸に飛び込む。
ティオは驚きながらも、そっと腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
(そ、そんなに……僕に、会いたかったのか……?)
やっと少しだけ涙が落ち着いた頃、ルシフェリアは顔を上げて微笑んだ。
「……短い髪も、素敵です。」
そう言って、体を離すとそっとお菓子の包みを差し出した。
「よく頑張りましたね」
「……? なにが?」
「好きな人の結婚式に出るなんて、そんな辛いことないですよね。でもその想いを髪の毛と共に断ち切って、無事乗り越えたティオ様のことを……本当に、誇らしく思います」
「……………」
ティオの眉がぴくりと動く。
「……ねぇ君、僕、何回もレオンのことは“友達”って言ってるよね?」
「強がらなくても、いいんです。今日くらいは……涙、流しても……」
「……ルシフェリア。もしかして、君が距離を置くって言ってたの、このこと関係ある?」
「?はい……。レオン様とティオ様が結ばれないのは原作で決まってるのに、私は、応援して原作を壊してしまいそうだったから……」
ティオが、肩を震わせた。
怒っているというよりも――
もう、どう言えば伝わるのか分からない。
そんな苛立ちが、こめかみの奥でじわじわと滲んでいる。
「……何回、“違う”って言ったら、わかってくれるの?」
「え……?」
そこで、ティオは深く息を吐いた。
まっすぐにじっとこちらを見つめ――
「僕が好きなのは……」
ゆっくりと、言葉を選ぶように。
その目は、真剣だった。
ふざけている様子も、茶化す気配も、一切ない。
「――君なんだけど」
その言葉が落ちた瞬間、世界が静止した。
「………………へ?」
全く処理が追い付かず、固まってしまった。
「……バカ、ルシフェリア」
彼はそう言うともう一度ゆっくりと私を抱きしめた。
さっきよりも少し強く。
「……ティオ様?」
「君に会えない間、僕がどれだけ君の事恋しかったと思う?」
「え……?」
「それなのに、ずっと僕とレオンのこと応援して。……髪も邪魔だから切っただけだし。」
ぴったりとくっついたティオの肌から、どきどきと心臓の音が伝わってくる。
(ティオ様、すごくどきどきしてる。え、本当に……?ティオ様が……私のこと……?)
「研究に集中しようとしても、ふとした瞬間に思い出すのは君のことばかりで……。会えない間も早く君に会いたいって、毎日思ってたんだけど。」
ティオはゆっくりと体を離すと私の目を見つめた。
(え、待って……?何でそんな熱い目で見て来るの……?)
その瞳は、いつものからかい混じりのものではなかった。
真剣で、熱を孕んでいて――少しだけ、怖いくらいにまっすぐだった。
「僕、結構アピールしてたつもりなんだけど。……手を握ったり抱きしめるだけじゃ全く伝わらないってこと?」
「え?……ほ、本当に私のこと……?レオン様じゃなくて……?」
「そうだよ。」
抱きしめられた腕の感触がまだ残っているのに、視線だけで心を捕まれてしまいそうで、息が浅くなる。
この人は、たぶん本気で私を欲しがってる――そう思った瞬間、胸が苦しくなった。
「ねぇ、どうやったら僕の事、好きになってくれる?」
私がまだ呆然としているのを見て、ティオはふっと口元を緩めた。
「……君が僕のこと、好きになるまで……毎日会いに行ってもいい?」
「えっ……」
いたずらっぽく笑うその瞳に、また胸がぎゅっと締め付けられた。
「鈍感すぎてわからないみたいだからさ。……本気でアピールするから、覚悟してね?」
囁くように言って、ティオは額に唇を落とした。
「~~~~~っ!?」
(……一体どういうこと…………!?レオン様のことが好きなんじゃなかったのっ!?)
(……これ、まさか――)
ーー原作終わったと思ったら、推しが私ルートに突入してきたみたいなんですけど!?!?


